2026/03/12
ワタシの中で”良きひと”と、”美男美女”は早死にするという説が成立しています。
大体世の中、憎まれっ子世に憚るといわれていますし、周りを見て思い当たる節はないですか?
そんなワタシが、「いい人ですねー」と、言われたときのなんか複雑な気持ちになるのわかって頂けますか?
若くはないのですが、そういわれると、なんかヤバい感があります。
そんな時はひとり、静かに、スンと息を吸い、ゆっくり吐いて、無になるようにします。
ストーンと神経をダウンさせてオフモードにします。
そして心の中で、そっとつぶやくのです。
「まだ回収していない伏線が、山ほどあるんですけど?」と。
いい人、と言われるたびにどこかで寿命のポイントが1つ減ったような、そんな根拠のない不安に襲われます。
美男美女が早世するという都市伝説と同じく、
“良きひと”もまた、神様に愛されすぎる存在なのではないか、などと勝手に話を大きくしてみたりします。
でも冷静に考えれば、「いい人ですねー」の多くは、最大公約数的・無難ワードである可能性も高い。
- 当たり障りがない
- 角が立たない
- とりあえず褒めておこう
そう、いわば社交辞令界のオールラウンダーのワード。
なのにこちらは勝手に”余命宣告ニュアンス”を感じ取ってしまう。
なんという被害妄想力。けれども本音を言えば、いい人でいたい気持ちは、ちゃんとあるのです。
誰かに優しくできる自分でいたいし、感じよく生きていたいし、できれば周囲と穏やかに共存したい。
ただ、「いい人」で固定されると、ちょっと窮屈になる。
- 怒ってはいけない気がする。
- 弱音を吐いてはいけない気がする。
- 黒い部分を出してはいけない気がする。
でも実際のワタシは、そこそこ毒も吐くし、理不尽にはムッとするし、たまには面倒くさい。
つまり、
“いい人”というより”そこそこ人間”。なのできっと長生きするタイプ。
だから最近は思うのです。
「いい人ですね」と言われたら、内心ちょっとビビりつつも、「ええ、まぁ、ほどほどに。」
と、心の中で返しておけばいいのだと。そしてまた、スンと息を吸い、ゆっくり吐き、
オフモードにしてから、普通に今日の晩ごはんを考える。
いい人も、悪い人も、美男美女も、そうでない人も、結局は日々を積み重ねているだけ。
寿命ポイントの減算ではなく、
呼吸の積算で生きていく。
それで十分なのだと思うのです。